「聴く」という事の大切さについて、ずっと考えている。
時々、「聴くって、辛い」「いつまで聴いたらいいんだろう」という声が聞こえてきます。それは、「聴く」という行為は受け身だと考えているからなのかなぁと思うのです。
いやいや、聴くってすごく能動的な行為ですよ。
対話の流れをコントロールしているのは、話し手ではなく聴き手です。
こういう話を講座の中ですると、少なからず何名かの方から驚きの反応を受けます。ただ話し手の話を聴き続けていたら、どこまでも話し手の話したい事を聴き続ける事になるでしょう。でも、聴き手はうなずきもするし、反応もするし、質問もするし、時に感じた事をそのままフィードバックする事もします。
この時、話し手は聴き手である相手の反応を受けて、対話の流れは変わっていくのです。
キャッチボールで言うと、「聴く」とはキャッチャーのイメージかな?と思います。ネットでキャッチャーの役割を調べると、”キャッチャーは、ピッチャーの投球を受けるポジションですが、「扇の要」や「第二の監督」とも呼ばれる「守備の司令塔」です。投手に正対し、グラウンド全体を見渡せるため、配球の組み立てや守備指示、盗塁阻止など、試合全体をコントロールする戦略的な役割を担い、チームの勝利に大きく貢献します”と出てきます。
ただボールを受けるだけでなく、投球に対して指示をしているわけですね。

これ、対話における聴き手も同じなんじゃないかと思っています。つまり、聴き手の小さな反応でも、話し手に対して何かしら変化を与えるものです。
つまらなそうに聞いていたら、もっと面白い話をしなきゃと思うかもしれません。眉間にしわを寄せてよくわからなそうにしていたら、もっとわかりやすく伝えるにはどうしたらいいかなと考えるかもしれません。
特に、質問によって、対話の流れは大きく変化します。意図のある質問を投げた時、話し手はそれに答えるための思考を動かします。そこから対話のストーリーは変わっていくのです。
という事は、話の流れを作っているのは聴き手だという事です。
もし、つまらない話をいつまでも聞かされているなと思ったら、それは聴き手であるあなたのせいです。あなたが、その話を続けていいよという態度でいるという事です。
もし、話し手が困った状況を打破できないという話をしつづけているなら、聴き手のあなたの質問で、ひょっとしたら突破口のきっかけに気付けるかもしれません。
受容と共感は大切です。それを携えながら、話し手の思考を揺さぶる質問やフィードバックを投げてみたら、聴くという行為がより能動的でアグレッシブなものと感じられるかもしれません。そうなってくると、聴くって面白いものに感じてくるかもしれません。
正解も不正解もないので、色々試してみてください。

