簡単そうでとても難しい「聴く」という事を深く考えた時、思い出すエピソードがあります。私の恩師である住職とのお話です。
私がまだ30代後半だった頃。
当時、まだ結婚相手もいなくて、そろそろ焦らないとこのまま一人で生きていく事になるのかもしれないなぁと、ぼんやり考えながら、それでも婚活はしていました。
そんな時、住職と会う機会がありました。
「最近はどうなんだ?」と聞かれました。
「30もそろそろ後半なのに結婚相手も見つからず、未だ独身です。なかなかうまく行かないですね。仕事ばっかりしています。」と言いました。
住職は、そうかそうかと静かに私の話を聞いて、低くて太い声で一言言いました。「焦らずとも、急ぎなさい」そう言って、住職はぺろっと自分の顔を撫でて、にっこりしました。
その時、「ああ、そうだな。焦る必要はないな。焦ればろくな事はない。でも、急いだほうがいいな、ではどうするか」と、改めて結婚に対して冷静になって、考える事ができるようになりました。
程なくして、今の夫と出会い結婚することになります。
このエピソードから、話を聴くとはなんだろう?と思います。
普段通りに話を聴いていたら、結婚相手をどうやって探しているのか?とか、どんな人がいいのか?とか、私の時はこうやって結婚できたのよと人生の先輩としての助言をするとか、ああしろ、こうしろと良かれと思ってのアドバイスや意見が飛んでくるのが関の山でしょう。
でも、住職はあれこれ言わず、ただ一言、本質的で大事な事を言ってくれただけなのです。
これこそ、相手の話を聴く時に、何を返したらいいのか、何を聴くのか、そういう事を考えます。聴き手が欲しい言葉や意見を伝えるために聞くのではなく、話し手の必要な事を聴いて、それに応える。それだけでいいんだなと思える出来事でした。
早々、できる事ではないなと思います。
もう一つ、「聴く」という点で、この住職との話があります。
それは、次の機会にお話します。

